ジジイの昔話をひとつ。

いまラーメン食いに行ったらテレビで不思議な映像が流れていた。ピーター・アーツが戦っていた。2003年以降はほぼK-1を見てないので詳細は知らないのだが、アーツといったら神話時代の選手だろ。なんでまだ動いてんだよ…。

今を遡ること幾星霜、人々がようやく敗戦の痛手からも立ち直り始めた頃、ガス燈時代のK-1はほそぼそと深夜放送でがんばってた。アンディがパンチをすべて顔面ブロックしたり、村浜がチャモアペットに左フック叩きこんだり(これはK-1じゃなかった)してた時代だ。シカティックの拳が頭部をかすめただけでスイッチを切るように人がぱたぱた倒れるのを見て、打撃における殺気やら念の強さの重要性に開眼したのは当時中学生のおれである。認識は認識として実践されぬまま今に至る。アーツはそのころからの古参だ。

今日、アーツはやられていた。飛び前蹴りなんていうマンガみたいな技で鼻血を出して、めった打ちにされながらTKOで敗れていた。もともと波の激しい男である。おれが格闘技から離れた数年間も勝ったり負けたりだったのだろう。そして少しずつ負けがこみはじめて、振り子が動きを止めるように今の場所に至ったとか、そんなところだと思う。戦い過ぎだよ。相手のバダ・ハリは動くの見たのは初めてだけど、いい選手だと思う。リズムもいいし、攻撃的だし。だけどね…これはもうあらゆるジャンルにおいて普遍的な真理ですけど、すべて、最高の選手とは、黎明期の巨人たちのことである。さいきんの線の細い若手よりも、かつてジジイどもを魅了したオールド・タイム・グレートの方が一億倍優れているのは宇宙の鉄則であると言っていい。タイソンだってロッキー・マルシアノの左一発でボディに穴が開くだろうし、王さんなら松坂の球もスイングでふたつに斬りますよ。ピークのアーツなら挨拶でグローブ合わせただけで相手の骨は砕けますって!

ちょうど十年前の今日ぐらい、そのピーター・アーツはK-1決勝ですべてのものを焼き払った。第一試合、膝蹴りで佐竹を下す。1ラウンド秒刹。準決勝、たしかベルナルドを右ストレートで。1ラウンド秒殺。決勝戦、アンディを左ハイで斬って落とす。1ラウンド秒殺。全仕事を秒殺で片付けたアーツは学校帰りの小学生ぐらいにしか疲れてなくて、たぶんあの後、夜遊びにでも行ったと思う。常軌を逸した強さの前では競り合いも駆け引きもドラマも生まれる余地はないなあ…とおれは幾分気落ちした。そのアーツとねえ、戦わせてごらんなさいよ、キックで勝てる人類はいませんよ。だから空手を教えてねえ、牛と戦らせたかったよキミィ!耳の裏に正拳突きで一撃だよ!!

…えー、ジジイの繰言におつきあいいただき有難う。歴史の証人として、アーツ弱ぇwwとかほざいてる洟ったれの小僧どもがいたらと思うと、いてもたってもいられなくて、珍しく長文をしたためました。まあ今書いたことはそのうち二十世紀スポーツ史のスタンダードになるはずだから、おれごときがモノ申すこともなかったですけど。アーツおつかれさま。