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むかし仕事で大変お世話になった銀行の人が、会うたびにその日自分が読み終えた日経新聞をおれにくれた。40歳近くになっても「円安って…何でしたっけ…」というぼんくらだったおれを、あわれんでのことだったのだろう(というか相手に基礎的な知識がないと仕事の話ができず、困っていたのだろう)。

 

まったく記事の内容が分からず、ありがた迷惑だな…と思って最初は文化欄しか読んでいなかったが、ある時「どうも世界中のみんなは『金利』とかいうものの話でいつも騒いでいるようだ」ということに気が付いた。金利って何ですのん…と恐る恐る調べ始めて、何だか他のワードも気になったりして、いつの間にか日経を購読してテレビ欄とスポーツ欄(滅びよ!)以外のすべてのページを舐めるように読むおじさんになり、数年が経ち、先日、金融業界に転職した。

 

内田 樹がどこかで「強い現実/弱い現実」みたいな事を言ってて、何度人生を繰り返しても自分の本質的な特性故に繰り返すパターン(おれなら本への愛とスポーツへの呪詛とか)が強い現実、そうでない再現性の低い選択を弱い現実、としていたように思う。たしか内田さんのその文脈では強い現実を重視していたが、おれは弱い現実の持つ妙味に今は何ともいえない不思議を感じる。もし新聞をめぐんでもらわなければ、もともと嫌いだった金融経済にのめり込んで、仕事にまでするようなことは決してなかっただろう。いま、若い頃には思ってもいなかった職に就いて、毎日それなりにたのしく働いているのは、すべて偶然によるものである。

 

これは自分にとって弱い現実だから、と捨て去ったものの中には、いつか強い現実に転じ得る広い世界が手つかずのまま眠っているのかもしれない。心が何に対して開かれるかなんて、自分で思うほどには分かっちゃいないな、というのが、いまおじさんのピークを迎えつつあるおれの素直な気持です。

まあスポーツを好きになることはないけどな!

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大晦日の夕方、近所を散歩していて、ふいに、自分は生きる価値のある人生を生きている、という感情を抱いた。特に何の前触れもなく、それは静かに。

新しい家族が加わり、しかしその小さな命を守る為の生活のあまりの厳しさに二日で倒れてしまった後の、リハビリを兼ねたひとり時間の中でのことだった。

 

あけましておめでとうございます。

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「どうして僕はもてなかったのでしょうか。もう少しぐらいもててもよかったと思うのですが」

「あなたにはヘンなところが100個あるせいで、イヤなところがひとつもないことに女子が気付かなかったのです」

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はてな記法を忘れてしまった。

 

こんにちは。
他人だった誰かといっしょに暮らす、という未知のフェイズに人生が切り替わって一年半。日々の情報量が多くて頭はまだオーバーフローしていて、あ…そういや一人じゃなかった…みたいな、現実に対する処理がまだ一年ぐらい遅れている(でも、大事なことに対する理解なんて、だいたいそんなものだと思う。よいものに近づくには時間がかかるものなのだ)。

(おれ…いや、わたし…あー、暫定的に「自分」とします…)自分の場合は小さなことにこだわりが強く、人の言動に対する許容度が低いので、共同生活なんてできるかな、という懸念が当初からあり、案の定びっくりするようなことはいろいろあった。水回りは徹底して洗うのにコンロはカレーでびちゃびちゃになっても気にしないとか(「そこは別領域」らしい)、鍋にたこやき入れるとか(「大阪国民はみんなする」らしい)、その他いろいろ。許容できる部分と譲れない部分を手探りで探る、国境線の画定作業のようなものを通して、自分の形もたぶん少しずつ変わっていっていると思う。

ひとつよかったのは、外で多少イヤなことがあっても「まあ家に帰って爆笑すればそれで終わり」と思えるようになったこと。いたわりのようなもので始まって、なぜか爆笑で終わるというよく分からない心理的なプロセスも、そのまま生きていること存在していることのよく分からなさと同じようでおもしろく、たぶん自分は、以前より少しだけ、へらへらしたおじさんになりつつある。