歳を経るとは、自らの本然に近づくことであり、目線を移せばそぐわぬものを脱ぎ捨てていく過程でもある。おれとあいつはずいぶん近いところで遊んでたのに、そのころは気にもとめなかった小さな差異がとりかえしがつかないほどの距離に広がるまでには、流れた時間は充分だったというわけで。おかしな話。いまじゃ相手が求めてるものの姿さえ見えず。互いの天分に従って過ごした結果とはいえ、そのような現状をおれは寂しいことだと思うし、あいつも嘆いている、と自分勝手に思ってる。そしてこの件について相手も同様にかなしんでると互いに感じとってる限りにおいて、相互理解の不可能性とか、どってことねえよ。そんなもんいらね。前向きー!成長ー!高めあおうぜオイコラー!!ってずいぶんアッパー系ですね。おれちょっと、リタイアするね。現状維持であろうとも、後ろ向きでさえあろうとも、別につながっててもよくね?関係の残響を注意深く再生しながら、それでもそこに鳴り響くのはある種の安らぎに違いないことを、何度でもおれたちは確認します。ププとかいいながら。